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執筆者の写真林院長

お年玉


『お会計は2万9千8百円です。』 母親に促されて少年はカバンからいくつかのお年玉袋を取り出し、袋の中からお札を掻き集め出した。少年が恋い焦がれ欲しがっていたものをそのお金の対価として私が渡してあげれば此方としてもそれほど心を痛めるものではなかったのに。 今、少年と私が置かれている状況を説明すると、私は子どもに夢を売る玩具屋の主人ではなく、けがをした少年の傷を縫合した医者である。少年は診療時間外にクリニックに来たので、受付スタッフはすでに出払っていた為、私が会計対応をしていた。少年の母親は保険証を忘れていた為、本来医療費を負担する必要のない年齢にもかかわらず、自費で医療費を立て替える必要があった。少年はお年玉袋から取り出したお金を手持ちがなかった母親に嫌々渡した。 『ちょうどお年玉を銀行に預けに行く途中だったんです。』と母親が子供を気遣うように言った。 ただでさえ転んで痛い思いをしているのに傷の縫合処置の局所麻酔でさらに痛い思いをし、挙げ句の果てお年玉まで取り上げられるとは、泣きっ面に蜂とはまさにこの事である。 少年にとって慰めにもならないだろうが、私は少年に言った。 『保険証を持ってきたら、お年玉はちゃんと返すから。』 少年は帰り際まで私を睨み続けた。

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